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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)117号 判決 1974年1月29日

原告 保坂益男

右訴訟代理人弁護士 田辺哲夫

被告 長野県選挙管理委員会

右代表者委員長 宮沢増三郎

右指定代理人 中島長綱

<ほか三名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は、「昭和四八年五月一三日執行の長野県下水内郡栄村村議会議員一般選挙における当選の効力に関し被告が同年八月一六日(告示同年同月二三日)になした裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告指定代理人は主文と同旨の判決を求めた。

原告代理人は、請求原因として次のとおり述べた。

一、昭和四八年五月一三日執行された長野県下水内郡栄村村議会議員選挙につき、原告および訴外石沢庄治郎はいづれも立候補し、原告は一二六票の得票で最下位当選し、石沢は一二五票の得票で次点となり落選した。

二、石沢は、同年五月二一日右原告の当選の効力に関し栄村選挙管理委員会に対し異議の申立をしたが同年六月二日同委員会は、右異議の申立を棄却するとの決定をした。次で同年六月一九日石沢は右決定に対し被告に審査の申立をしたところ、被告は同年八月一六日右村委員会のなした決定を取消し、本件選挙における原告の当選を無効とする旨の裁決をなし、同年八月二三日その旨の告示をなした。

三、被告がなした裁決の理由によれば、「石沢は本件選挙における無効投票の中に石沢の有効投票が二票あり、得票数の計算の誤りにより最下位当選の原告は一票差で落選し石沢は最下位で当選したものであると主張するが、さらに立候補者全員の有効投票および無効投票を点検したところ、無効投票中に「いし」と記載された投票が一票存在し、これは「いしざわ」と表現したものと判断するのが相当であり、石沢と原告は同一得票数となり、原告の当選は無効である」というのである。しかし右「いし」なる記載を「いしざわ」と判読することは極めて困難であり、その運筆、筆勢等において誤記とは認め難く開票事務の厳正中立の立場からみても、右投票は公職選挙法第六八条七号にいう無効投票というべきである。

よって、被告のなした裁決は違法であるから、これが取消を求める。

なお、後記被告主張の二の事実は認める。

被告指定代理人は次のとおり述べた。

一、請求原因一、二および三のうち前段はいずれも認める。三の後段の原告主張は争う。

二、本件選挙においては、選挙すべき定員一六名に対し一九名(末尾添付表氏名欄記載のとおり)が立候補し、投票総数二八七六票のうち有効投票数二八五四票、無効投票二二票(内(イ)候補者でない者の氏名を記載したもの二票。(ロ)候補者の何人を記載したか確認し難いもの一一票(ハ)白紙投票四票(ニ)単に雑事を記載したもの五票。)他に公職選挙法第六八条の二の投票(按分票)一票(藤木とのみ記載)があり、その結果各候補者の得票総数および当選人は末尾添付表各欄記載のとおりとなり、原告は最下位当選者、石沢庄治郎は上位落選者となった。

被告は石沢庄治郎のなした本件審査請求につき(1)保坂益男および石沢庄治郎の各得票の数、記載内容、他候補者の票の混在の有無、(2)無効票の数およびその記載内容(3)他候補者の得票の数および混在の有無を点検した結果無効投票中原告の主張する一票を石沢庄治郎の有効投票と認めることに決定した。その結果保坂益男一二六票、石沢庄治郎一二六票で両者が同数の票を得たことになり、公職選挙法九五条第二項の規定により選挙会において選挙長が「くじ」により当選者を定めなくてはならないことになったので、被告は昭和四八年六月二日付栄村選挙管理委員会のなした決定を取り消し、保坂益男の当選を無効とするとの本件裁決をしたのである。

三、およそ立候補制を採用している現行公職選挙法の下においては、選挙人は通常いずれか一人の候補者に投票する意思で候補者の氏名を記載するものと考えるのがきわめて自然であり、候補者の氏名を完全に記載していない投票であっても実在の候補者の氏名との比較において全体的にみた類似性、運筆、筆勢等において候補者の氏名を誤記したものと判断されるときは、その記載の氏名ともっとも類似した氏名の候補者に対する投票と認めるのが適当である、本件で問題とされた「いし」なる記載の投票をみるに、第一字目および第二字目は明らかに平仮名の「いし」と記載されており、当該候補者氏名と比較すると「いし」に該るものは石沢庄治郎(いしざわ)のほかにない。次に三字目の「」についてみると、「いしざわ」の「ざ」とは認められないが明らかに文字を書こうとしたものと思われ、第四字目の「」は「いしざわ」の「わ」と判読できる。また文字全体の視感、字数、構成等からみて、この投票は石沢の氏にきわめて類似している。さらにこの投票が運筆も明瞭にして達者とはいえない状況等を考慮すると平素文字に親しみのない選挙人が「いしざわ」を記載しようとして「いし」まで記載し、第三字目の文字がわからなくなり、「いし」と誤記したものと推測するのがきわめて自然である。したがって右投票は公職選挙法第六七条の法意に照らして石沢庄治郎の氏を誤記したものとして、有効と判断すべきものであり、被告のなした裁決には何の違法もない。

証拠≪省略≫

理由

一、請求原因一、二項および被告の答弁二項の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、被告が原告主張の一票を候補者石沢庄治郎の有効得票と判定したことは前示のとおりである。≪証拠省略≫によると、右投票の候補者氏名欄には「いし」と記載されており、その第一字目と第二字目は明瞭に「いし」と読め第四字目は「わ」と判読することができる。また第三字目はそれ自体は判読し難いが、右投票が拙稚なひら仮名で記載された形態および記載順序からみて「さ」又は「ざ」と記載すべきところ、誤って上記のような記載がなされたものと推測するに難くない。そして、本件選挙における候補者の氏名は前認定のとおりであって、その姓が「いし」で始まり「わ」で終る候補者は石沢庄治郎以外にないことが明らかであるから、右投票は石沢庄治郎に投票しようとする意思で、その姓「いしざわ」を記載したものと認められ、同候補者に対する有効投票と認めるのが相当である。他に以上の認定を動かしうる証拠はない。

よって、被告のなした裁決には原告主張のような違法はなく正当であるから、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 渡辺忠之 小池二八)

<以下省略>

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